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第伍話 テンション爆上がり
呉たちはいきなりのビタ止めを受けて驚愕していた。
(この子、あの捨て牌に対して⑧筒を止めかるの。浜さん、やべーよ。少なくともオレらより読みが鋭いぜこの子。感覚が鋭い呉の兄貴はともかく、勢い任せのオレたちはかなり頑張んねえと負けるぜ)と安岡は浜田にアイコンタクトで語った。
(言いたいことは分かる。この⑧筒はワシらは止めてないもんな)と浜田もアイコンタクトを返した。
「ユキ、すごいね。あの手から⑧筒を止めるのは私くらいのもんだと思ってたけど」
「へへ、あそこから⑧筒を捨ててたら井川ミサトの相棒役はつとまらないですよ」
「ほー。なかなかやる。少し疲れてきたが、そうも言ってられないらしい。……ここは気合いを入れ直すか」
そう言うと呉は長い髪をギュッと縛って後ろにゴムで一本にまとめた。
「ヨシ! かかって来いや! ここに座ったこと一生後悔させてやらぁ!」
気合いを入れ直した呉は鬼のようだった。しかしその額にはじわりと汗が滲んでいた。呉も限界が近いのである。
この3人のうちの兄貴分は呉だ。今回の勝負、もちろん負けたら呉は責任を取らされる。200万損は多きな痛手だ。その相手がこれほど強い。井川ミサトしかり飯田ユキしかり3対1なのに互角の対決になってしまっている。その事に強烈なプレッシャーを感じているのであった。
「ふん、お兄さんこそ覚悟はあるのかしら。私達は不死身です。絶対に負けませんよ」
「……いい度胸だ」
もちろんビタ止めしただけではたいした加点にはならない。テンパイ料1500が入るだけだ。しかし、⑧筒が当たりだったこと。それを確認できたと言う点においては流局の方が良かったという見方もある。
もし、あの三暗刻をツモってしまっていたら12000+リーチ棒の13000加点こそするが(よし! やってやった!)という気持ちはここまで得られない。そう考えると先ほどの流局はテンション爆上がりの結果となる最良の結果だった、と言えなくもない。
そしてその結果――
「リーチ!」
ユキのノータイムリーチ。まだ3巡目である。
……数巡後。
「ツモ!」
ユキ手牌
二三四八九45566799 七ツモ
「裏裏で4000は4100オールの2枚」
この局、ユキの宣言牌は3索で表ドラは2索だった。普段なら取らずにしてこねくり回すことも多い手をノータイムリーチしての親満。明らかにテンション爆上がりが影響していた。しかも裏ドラは6索。裏ドラ1枚でも乗せたいという意識なら6索切りリーチにしそうなものだ。そこを3索切りで裏ドラ2枚乗せ。もう完全にユキの半荘だった。
「やったー! ユキ! ゴッホ! ゴホッ!」
「もう、咳出てるんだから親満くらいではしゃがないで休んでてよ。私なら大丈夫だから」
「……そうね。でも、も少し見てる」
「ツモ2000は2200オール」
「ツモ1000は1300オール」
ユキの連荘がしばらく続いた。気が付けばダントツ。
三回戦は飯田ユキの完全勝利!
92.三章 最終話 護り護られ「テメェ!」「こんのアマぁ!!」「やめろゴロツキが! ……負けたら負けを認めようぜ」そう言ってヤクザたちの前に出てきてくれたのは店員の尾崎コウタだった。「うるせえ、ジャンボーイのテメェには関係ねーだろ!」「やかましい! 負けたのはしっかりとおれが目撃してる。言い訳はさせねえぜ。最後に負けを認めない時のために助っ人も呼んだしな。工藤くーん」「おう!」 そこには強面のスキンヘッドが立っていた。「くっ、工藤先輩!?」 呉が目を丸くしている。「全く、尾崎と財前に呼ばれて来てみたらてめえかよヤクザって。かーーーー、くだらねぇことしてんだな。ぶっ飛ばすぞコラ!」「あっ、いっいや、これにはワケがあって」「ひい!」「海坊主だー!(シ○ィハンターの)」 安岡と浜田は勘が鋭かった。自分らが勝てる相手ではないと直感すると一目散に逃げ出した。「あっ、てめえら!」「大丈夫だ。逃さねえよ」 そう言うと出口付近からもう一人強面が現れて逃げようとする2人をガッシリ捕まえると……ガコン!バキン! 思い切りゲンコツして一撃でのしてしまった。「進藤先輩まで! 2人まだつるんでたんですか」「たまたまだ、今日呼び出しされるまで雀荘で偶然同卓してたんだよ。ったく、面倒なことしやがって」 そう言うと工藤は呉にドガン! とゲンコツを食らわせた。呉の意識は遠くなる。 
91.第伍話 人生最後の祈り(二-伍待ち……か。運命を感じるわね。聞こえてる? いるんでしょ、【woman】)………(……まあ、もう憑かないって約束だったもんね。でも、もし、いまも居るなら。お願いがあるの……)カオリ手牌三四③④⑤34赤5567中中「お人好しの人を嵌めるために仲良くなったフリしたり。あとでレートアップふっかけるつもりで最初にわざと勝たせて、断れない空気にして高いレートに上げてからグルになって本気出して借金背負わせて……」「あん? それがなんなんだよ」「ワシらはヤクザなんや。そんなん当たり前のシノギじゃボケェ」「うるさい! ヤクザを平然と口にするな! そんなもんは社会のゴミなの! 迷惑しかかけないクズのカスだってわかりなさいよ!」 雀荘勤めの長いカオリにとって、もはやヤクザはゴキブリより嫌いな存在だった。居ればそこにいる全員に迷惑をかけるだけ。自己中で命令口調。雀荘従業員にはヤクザほど目障りなものもないのである。 温厚なカオリがこうも攻撃的になるのはもはやアレルギー反応と言っていい。雀荘勤めが長くなれば必ずヤクザに対してアレルギーに近い反応を示すようになるのだ。「この……!」「このツモで血の気を引かせてあげる。覚悟はいいわね」(私の親友であり師であり麻雀の神であるwomanよ。いまどうしてもあなたが欲しい。力よ、戻れ! 今だけでいい。一生に一度だけ
90.第四話 最後のアタック 安岡の手牌は悪くてアガリなどムリそうだからカオリに安全で仲間に危険牌になりそうなものを集めていった。(今回のおれはアシスト役だな。浜さんはなんかミスってて使えねーし、呉の兄貴が欲しくなりそうな所を集めとくか)と安岡は初手からアガリを諦めた。 その選択を見て(対面のチャラ男はアガリを諦めてる感じね。それとも七対子? 何にしても早そうではないわ。チャラ男のことは無視でよし)とカオリは読み取る。 呉の手は悪くなかったが役が作れずにいた。リーチをかければいいかもしれないがそうすると満貫直撃で逆転されてしまう。それだけは避けねばならないのでなんとしても手役を作る必要があった。(くっ、いつもリーチしてツモればいいやでやってるからいざ手役を作らなければならないとなると苦手だな。でも、200万が賭けられてる一局だ。絶対に隙を見せちゃなんねえ。ここはダマでアガれる手を……!)数巡後呉手牌①①①⑤⑥⑦34789中中(ぐっ、くそッ! 役無しだ。誰か中を出せ! そしたら鳴いて役ありテンパイだ。あるいはツモっちまえ!)シボッ! ストレスで呉はタバコに火をつけていた。カオリ手牌三四②③④⑤24赤567中中 5ツモ(ヤバいかな。上家のロン毛がテンパイタバコ吸ってるし…… でもここはこの一打!)スパン!打2 恐怖心ですくむ手をなんとか前に出して心では震えながら、それでも勇気で選んだ正着2索切り。それは呉の当たり牌
89.第三話 稀代の詐欺師! カリオストロ ついに運命のオーラスだ。先ほどの満貫をツモったことにより28200点差は17200点差に縮んでいた。浜田のリーチ棒がついてきたのが大きい。オーラスの親はトップ目の呉なので親っ被りをさせることが出来る。とは言え、満貫では届かない。かなりの不利であることに変わりはなかった。 下家の浜田は萬子一色手に染めるのが一番早そうな好配牌を貰った。そのことを一瞬で読み切るカオリ。(下家の広島弁っぽい男…… 全体的に上下の理牌率が高いな。そして切り出しは6索。萬子染めにする気かもね) それを見た上でカオリも上下を揃えまくった。そんなの上下揃えなくていいだろと言う牌まで正確に直し始めた。(ミサト、なんかカオリ上下理牌多くない? こんなに丁寧に理牌する必要ある?)(これは昔、白山詩織プロが使ったことで有名になった戦略ね。カリオストロという技よ)(カリオストロ……! どんな技なの)(まあ、見てなさい) 浜田は萬子染めの方針に懸念を抱いた。なぜならカオリの上下理牌率の高さからカオリの手も萬子一色に近いのではないかと読んだからだ。同じ色を欲しがっては下家の方は不利である。浜田手牌一二二三伍六七七①⑤2東東 ②ツモ(本当は索子筒子全部払って萬子一色に行こかと思てたんやが上家にも萬子が多いなら話は別や。同じもん狙っちゃ鳴けんし引いてくる可能性も低いわな。ちょうど②筒も引いたしここは123の三色狙いで行こか)打二 これが大きな間違いの一打だった。これだけ萬子が連なっているのだから萬子一色に寄せていく方針を断ち切るべきではなかったのだ。だが、カオリの上下理牌。そこに萬子が多いはずと思ってしまった。
88. 第二話 ダニの根性 ユキから引き継いだカオリの手牌は苦しかった。 カオリ手牌 七八八②②②④⑥68東南南 ドラ東 (頑張っても南のみのリャンシャンテンか。だけどここは最低でも満貫ツモが必要……) ツモ八 (七萬を活かしてタンヤオ移行とかしてる場合じゃない。早くリーチまで持っていかないと差し込みが行われて終わる。どうやっても不利なんだ。それなら) 打七 (通れ!) 七萬にロンの声はかからない。死を覚悟した一打でイーシャンテンに漕ぎ着けるがまだ打点は足らない。 「チッ! 気合い入った牌切るやないか」 「ここで一歩でも退いたらもう負けなんですから。当然の選択をしたまでです」 そう言うカオリの手にはあっという間に汗が滲んでいた。それもそのはず。七萬を掴んで捨てる。その作業に何人もの人生が乗っているのだ。それはとてつもないエネルギーを使わないと切れない一打だったはずだ。そこまでして進めた愚形2箇所残りのイーシャンテンにユキは目に涙を溜めながら見守った。 ミサトも神の存在を信じたこともない無神論者であるくせに何かに対して祈っていた。それは麻雀の神であるのか、それともカオリにであるのか。 いや、それは運命に対してだった。自分たちの友情に対して。これまでの青春に対して。自らの人生に対して。 (絶対に乗り越えられる! お願い! 勝って!)と願わずにはいられなかった。こんな所で終われない! すると次巡…… カオリ手牌 八八八②②②④⑥68東南南 赤5ツモ (うぉ!) 喉から手が出るほど欲しいと思っていた赤ツモ! もう8索に用はない。この牌も危険牌だが。 打8 (通れ!) パシン 何人もの運命を乗せた一打のなんと重いこと。打牌音が響く。強打したつもりはない。ただ、勢いよく振り下ろさないと打ち出せないのだ。緊張で腕の振りをコントロールできないくらいカオリの筋肉は強張っていた。 はあっ! はあっ! 「おうおう、頑張るやんかー」 「見上げた根性だ。極道に向いてるぜ」 「は、極道? 笑わせないで下さいよ。極める道とか。厨二病なんですか? ただの弱虫チンピラ集団が何を極められるってわけ。あなた達はただの怠け者。何もできない。真剣に仕事をしようともしない。『普通の人』になれなかった落ちこぼれよ! 今だって、正々堂
87.ここまでのあらすじ ヤクザ相手に超高レート麻雀をやることになったミサトたち。しかしミサトは体調を崩し、途中からユキが引き受けることになるが3対1の戦いでユキが勝つのは難しく絶望的点差をつけられてしまう。しかしそこへ財前カオリが助っ人として参戦! 最終決戦が始まる!【登場人物紹介】井川美沙都いがわみさと主人公。怠けることを嫌い、ストイックに鍛え続けるアスリート系美女。金髪ロングがトレードマーク。通称護りのミサト 日本プロ麻雀師団所属。獲得タイトル 第36期新人王、第35期師団名人戦準優勝など。飯田雪いいだゆき井川ミサトの元バイト先の仲間でありミサトのよき理解者。ボーイッシュな髪型、服装をしているが顔立ちはこの上なく女の子で可愛らしい、そのギャップが良い。金田朱鷺子かねだときこ新宿でゴールデンコンビと言われる2人組。生物学的には女だが、見た目は美男子で『トキオ』の名で通っている。通称TKOのトキオ。麻雀真剣師団体ツイカの1期生。新宿ゴールデン街で店をミカゲと共同経営している。金子水景かねこみかげトキオと2人でゴールデンコンビと言われる一流雀士。通称隠密ミカゲ。麻雀真剣師団体ツイカ1期生。新宿ゴールデン街で店をトキオと共同経営している。普段は分厚いメガネをしててダサめな姿だが、メガネを外しコンタクトにするとすごく美人。財前香織ざいぜんかおりミサトと同じ高校に通っていた親友でライバル。学習能力が高く他人の良いところを次々と吸収していく、努力すればしただけ力をつける地味めな才能を持つ天才。かつて気合いを入れると伍萬を引けるという超能力を持っていたが今はその力はない。通称財前姉妹。日本プロ麻雀師団所属。獲得タイトル、第35期師団名人位など。 その7第一話 行き着く先が地獄でも カオリの到着に気付いてユキは振り向いた。「あ、あ、あ……。来てくれてありがとう…… でも、でも、もう……。もう…… 手遅れかも……」 場を見るとユキは厳しい手牌でリーチを受けていて、その上リーチ者に他の2人も振り込んでいくつもりの方針であることが捨て牌から読み取れた。 集計表に目を通す。「ユキ、ちゃんとトップも取ってるじゃない。よくやったよ」「でも、でも、もうだめだよ」「だめなことなんかない。大丈夫! 私がなんとかするから。あとは任せて、ねっ